百の語りの怨霊姫

    作者:三ノ木咲紀

     学校掲示板のようなSNSで囁かれる噂話を、一人の少女が楽しそうに見ていた。
     紺青の着物の周囲に巻物を羽衣のように纏わせ、数多の怨霊が付き従うように、また守るように周囲を漂っている。
     かつて御伽・百々(怨霊姫・d33264)と呼ばれていた怨霊姫は、宙に浮くタブレットを軽くタップした。
    『物語の神様って知ってる? 物語の減少を憂いた神様は、知り合いに百の物語を伝えた者の願いを叶えてくれるんだって』
    『日記やツイッターでもいいんだって。もし願いが叶ったら、どんなこと願う?』
     投下した噂話に、早速数人がレスを返す。
     実際にこの噂を目にする人は何十倍にも上るだろう。
     バベルの鎖の効果で、一般人から一般人へ爆発的な伝播はしない。
     だが、噂の広がる範囲や効果を限定し、こちらで誘導してやることは可能だ。
     閉じたコミュニティの中で広がる噂に、怨霊姫は嫣然と微笑んだ。
     首尾は上々。撒いた噂にサイキックエナジーという水をやれば、都市伝説は生まれるのだ。
     このSNSを利用する学生の八割以上に、噂の種は撒かれた。
     後は収穫するのみ。
     いくら匿名でも、住所氏名は割れている。収穫するのに、これほど都合の良いSNSもない。
     怨霊姫は顔を上げると、目の前にいる少女の背中を指差し、サイキックエナジーを与える。
     後ろに立つ怨霊姫に、少女は気付かない。
    「この書き込みで、百回目です! 何が起こるのかな? 楽しみ!」
     少女がエンターキーを押した直後、少女の頭に神様が取りついた。
    「嘘! 憧れの先輩に告白されるなんて夢みたい!」
     神様は少女に、妄想を見せている。
     少女の頭に張り付いている都市伝説「物語の神様」は、にたりと笑う。
     その笑みに、巻物が巻き付いた。
     包み込むように締め上げる巻物に、物語の神様は悲鳴を上げる。
     巻物の締め上げがきつくなり、ついには棒のようになる。
     巻物がほどかれた時、そこに物語の神様の姿はない。
     喰らった都市伝説に、怨霊姫は満足そうに微笑んだ。
    「この物語も悪くない。……では行くか。今宵も後十人ほど、成就するだろう。邪魔が入る前に喰らい尽くさねばな」
     怨霊姫はふと、東の空を見た。
     彼方にあるのは武蔵坂学園。怨霊姫の天敵である灼滅者達が集う場所。
     だが今は、大淫魔サイレーンとの決戦中。こちらへ気を配る余力はないだろう。
     今の内に、力を蓄えなければ。
     青い着物の裾が舞い、巻物がふわりと翻る。
     怨霊姫は、喰らった物語の神様の力を確かめるように縛霊手を掲げた。
    「百の物語を百も喰らえば、顕現せしタタリガミとしては最強となれるであろう。為した暁には「百々喰らい」とでも名乗るとするか」
     怨霊姫は倒れた少女をチラリと見ると、開いた窓から夜の街へと消えていった。


    「皆、忙しいところ集まってくれておおきに! 南アルプスで闇堕ちしはった御伽・百々はんの行方が分かったんや!」
     興奮した面持ちで、くるみは集まった灼滅者達を見渡し地図を広げた。
     犠牲となった少女は、関西地方のある住宅街に住んでいる。
     時刻は深夜。二階の自室で被害に遭う。
     干渉できるのは、怨霊姫が物語の神様を喰らった直後から。
     室内で戦闘するには狭いので、近くの駐車場に連れ出すといいだろう。
    「百々はん――今は「怨霊姫」って呼んだ方がええやろか。怨霊姫は武蔵坂学園やサイキックリベレイターを脅威として認識してはってな、対処するために力を蓄えてはるんや。今は学校SNSで拡散された噂を追ってはる」
    「百々さんは、説得に応じてくれますでしょうか」
     不安そうな面持ちの葵に、くるみは頷いた。
    「百々はんは、姿が闇堕ち前とほとんど変わってないんやわ。人造灼滅者として闇に近づくことで力を得はった代償に、通常の人格が闇堕ち人格に影響されていはるみたいやね。そやさかい闇堕ち人格の否定や、関係の深い相手の説得が特に有効や」
     怨霊姫のポジションはジャマー。
     強力なバッドステータス付与で相手を封殺する。
     七不思議使いと人造灼滅者、縛霊手の中から選択して使用してくる。
    「怨霊姫の目的は、永劫に物語の蒐集を続けることや。そんな目的に、百々はんを巻き込んだらあかん! 皆、よろしゅう頼んだで!」
     くるみはにかっと笑うと、頭を下げた。


    参加者
    カンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)
    響塚・落葉(祭囃子・d26561)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    朝臣・姫華(姫番長・d30695)
    工上・士土(アイキャンドール・d33191)
    日章・宵(一五白夜の数え唄・d33198)
    黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)
    アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)

    ■リプレイ

     開いた窓から吹き抜ける風に、怨霊姫の着物がふわりと揺れる。
     満足そうな背中に、挑発の声が響いた。
    「そーんなちゃちな都市伝説をいくら食べても、強くはなれないわ!」
     黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)の声に、怨霊姫は振り返った。
    「……灼滅者か」
    「私たちが持つ都市伝説の方が、ずっと、ずーっと、強いんだから!」
     胸を張り、指を突きつける葉琳に、怨霊姫は袂を口元へ当てた。
    「おお怖い。……今はまだ、お前達の相手をするには早い。退かせて貰うぞ」
     窓に向けてふわりと後退する怨霊姫に、響塚・落葉(祭囃子・d26561)は挑発するような笑みを浮かべた。
    「くふふ。怨霊姫は灼滅者、灼滅者と唱えれば逃げ出す……とでも対抗神話を流すべきかのう?」
    「抜かせ。ならばその都市伝説も、食ろうてやろう。我が糧となるがいい」
    「待てよ」
     そのまま夜の空に消えそうになった怨霊姫に、工上・士土(アイキャンドール・d33191)は己の七不思議を誇示するように顕現させた。
    「ここにあたしの集めた七不思議がある……てめーが勝ったらくれてやる、好きにしやがれ。力がほしいんだろ、雑魚狩りしてパワーアップできる最高のチャンスだぜ」
    「それは良い提案だな」
     士土の提案に少し思案顔をした怨霊姫は、一つ首を振ると窓枠に足をかけた。
    「……だが、まだ早い。その七不思議を置いて、早々に立ち去るがいい」
     挑発にも冷静に対処しながら、怨霊姫は袂の奥でくつくつと喉を鳴らすように笑った。
    「我はそなたらを見くびらぬ。ここにいるということは、サイレーンをも屠ったのだろう? 一対多では敵わぬことくらい、理解している」
    「ほう! さすがは百々。引き際を間違えぬとは、どこぞのダークネスとは大違いじゃ」
     殊更に大げさに驚く朝臣・姫華(姫番長・d30695)に、怨霊姫はくすりと笑った。
    「ならば……」
    「だがな。今妾達を倒さねば、次は家来いっぱい連れてくるぞ。連れ戻せるまで何度でも戦いにくるからの!」
    「此度のサイレーンの戦の際ですら其方を補足するのじゃ。まして戦が終われば、未だ妾達を倒した方が追跡の手が緩むというものと思わぬかの?」
     カンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)の言葉に、怨霊姫は眉をひそめた。
    「それは面倒だな。……ならばそれまでに時間を稼ぎ、数多の都市伝説を喰らい、力をつけようぞ」
     窓枠を蹴った怨霊姫は、夜の闇に沈む。
    「百々さん!」
     消えた百々の背中を追って、灼滅者達は駆け出した。


     駐車場に着地した怨霊姫の前に、美夜は立った。
     南アルプスの戦いで、百々は美夜を守るために闇堕ちして去った。
     人の命を守るために闇堕ちして、助けに来た仲間殺しました、では何も意味がない。
    「どこ行くの?」
    「都市伝説の蒐集に」
     言い置いて地を蹴ろうとした怨霊姫の腕を、美夜は掴んだ。
    「離せ。お前には関係なかろう?」
    「……ま、依頼一緒になっただけの間柄なんだけどね。でも、殺されるの止めてもらった分の借りは返すよ」
     美夜の手を振りほどいた怨霊姫の行く手を塞ぐように、栞は立ちはだかった。
     おっとりとした口調ながらも、決してここを通さないという意思の強さが見える。
    「私にはこれくらいしかできないけれど~。クマちゃんたちと一緒に頑張るわ~」
    「………………やれるだけのことはやりましょう」
     己の信条を曲げてまで百々のために参戦した白雛は、決意を込めて怨霊姫を包囲する。
     どんな手段を使ってでも怨霊姫を足止めするという決意に、怨霊姫は振り返った。
     そこには、燈が回り込んでいた。
     燈篭街の百物語で周囲の人払いをした燈は、闇夜の幻の街の中で百々に手を差し伸べた。
    「まだみんな、御伽と語り合いたいんだ。物語が百だけじゃ足りな過ぎるぜ!」
     同じ怪談を探求する燈の声に、怨霊姫は苛立ったように怨霊を召喚した。
    「百で足りぬのは我も同じ! 我の邪魔をするな!」
    「危ない!」
     縛霊手から放たれる怨霊の前に、日章・宵(一五白夜の数え唄・d33198)が割り込んだ。
     防御した腕に、怨霊が絡みつく。怨霊を振り払った宵は、百々に馴染みの深いであろう七不思議「鞠つきマリちゃん」を披露した。
     驚きで目を見開く怨霊姫に、宵は殊更「鞠つきマリちゃん」を大きく掲げた。
    「その七不思議は……!」
    「私たちの七不思議、戦ってあなたが勝ったら吸収させてあげますよぅ。七不思議使い四人の不思議を全部もらえるなら、いっぱい集めたいなら悪くない勝負だと思いますがぁ……まさか逃げたりしませんよねぇ?」
    「……」
     口元を引き締める怨霊姫に、アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)は殊更挑発するような口調で言った。
    「ほら、欲しいんでしょう? 都市伝説。ちまちま集めずに私達から奪ってみたらどうですか? まさか……勝てる自信が無い、なんて言いませんよね?」
    「百々様は大事な部員ですもの、他のダークネスに浮気など致しません。ここで絶たないと、どこまでだって、追いかけますよ?」
     百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)の声に、怨霊姫は跳躍のために構えていた足をほどいた。
    「良いだろう。どの道ここを切り抜けねば、新たな蒐集もままならないからな。その都市伝説、喰らい尽くしてやろう!」
     数多の怨霊を召喚した怨霊姫は、その身に破壊の力を纏わせた。


     怨霊姫が纏わせた霊的防護を破壊する力に、宵はクルセイドソードを振りかぶった。
    「折角百々さんが集めた七不思議ぃ、あなたに使われたくはないですぅ!」
    「タタリガミが蒐集する物語も、七不思議使いが吸収する物語も、同じ物語と知れ!」
     宵の攻撃をひらりと避けた怨霊姫に、姫華は唇を噛んだ。
     確かにそうだ。どちらも蒐集する物語は同じ都市伝説。
     でも。だからこそ。
    「百ある百の物語より、妾とお主で作る新しい物語が待っておる! 引きずってでも妾達のクラスへ連れ帰るからの」
    「怨霊注意」と書かれた交通標識を閃かせた姫華は、黄色い光に包まれながら怨霊姫に――百々に手を差し伸べた。
    「覚悟するが良い!」
    「姫様の言う通りですわ!」
     ロングスカートを閃かせながら戦場を駆け抜けたリィザは、握り締めた拳に雷を纏わせながら怨霊姫に振り抜いた。
     容赦なく繰り出される強烈なアッパーカットを受けた怨霊姫に、リィザは改めて拳を握る。
    「戦いだけではありません。もっと仲良くしたい、ゆっくり話をしたいと思っていた矢先に堕ちられたと聞いて、どれだけ心配したか……!」
    「そーだよ! これから学園祭だってのに! どこで寄り道してるのよ!」
     葉琳が水平に構えた指先から、影が溢れ出した。
     影はやがて無数の古の英雄の姿を造り出し、葉琳の命令を待つように武器を構えた。
    「クラスのみんなが! 私が! 待ってるわ! 怨霊兵よ、百々を連れ戻しなさい!」
     軍師のように怨霊兵達を指揮する葉琳の声に、怨霊兵が一斉に怨霊姫へ向かって駆け出した。
     一斉に攻撃を仕掛け、一瞬怨霊姫の姿が見えなくなる。
     その姿を覆い隠すように、影が伸びた。
    「速攻でボコって連れて帰ったる! いくで! 私の七不思議其の七! 深き森の魔女!」
     魔女の姿に変身したアルルーナは、手にした影業を振りかぶった。
     緊張を振り払うように放たれた影が、怨霊姫を切り裂き抜ける。
    「この……怨霊にもなれぬ影どもが!」
     二つの影に包まれた怨霊姫は、周囲の巻物を解き放った。
     花弁のように伸びる巻物で影たちを追い払った怨霊姫は、不快そうに眉をひそめた。
    「胸がざわつく……。これだから武蔵坂学園は油断ならぬ」
    「そーだろ! だから、戻ってこい百々!」
     バベルブレイカーを構えた士土は、高速回転する杭をドリルのように回転させながら突進した。
     動きを封じる一撃を避けた怨霊姫の動きを読むように、落葉はマテリアルロッドを振りかぶった。
     魔力を帯びた杖が、一瞬視界を封じられた怨霊姫に叩き込まれる。
     吹き飛ばされる怨霊姫に、落葉はマテリアルロッドを突きつけた。
    「お主は百々より弱い。共に戦った我にはよぅくわかる」
    「その通りじゃ!」
     護符揃えを構えたカンナは、宵に無数の符を放った。
     霊力を帯びた護符が、最初に庇って受けた傷を癒していく。
     灼滅者達の連携を見た怨霊姫は、改めて縛霊手を構えると落葉へ向けて斬りかかった。


     戦いは続いた。
     怨霊姫は強力なバッドステータスとエンチャント破壊により灼滅者達を苦しめるが、前衛への列減衰と攻撃よりも回復に重点を置いた布陣によりその影響を最小限にとどめていく。
     積み重なるバッドステータスに手数を取られながらも、サポートの手も借りた着実な攻撃と説得により、怨霊姫は徐々に弱体化していった。

    「その連携、怨霊どもにより封じてくれよう」
     つい、と伸ばした指先から、怨霊が吹き荒れた。
     恨みや怒りを抱えた怨霊が後衛へと突き進み、己と同じ存在へと落とそうと魂を引っ掻く。
     その動きをいち早く察知した姫華は、声を掛けながらカンナの元へと駆け出した。
     ウイングキャットのいろはとライドキャリバーのブラスも、後衛を守るために飛び出していく。
    「皆、妾達のちーむわーくを見せるのじゃ!」
    「さっさと帰って来なさい!」
     姫華の声に駆け出した葉琳は、攻撃直後の一瞬の硬直を狙って緋凰一閃を掲げた。
     武将の霊を纏わせた妖の槍が、怨霊姫を貫きとおす。
    「百々よ、何時まで眠っておる! このような者に好きにさせていて良いのか!」
     葉琳と同時にバベルブレイカーを起動させた落葉は、怨霊姫の死の中心点を狙い飛び出した。
     研ぎ澄まされた狙いは違うことなく怨霊姫を貫き、大きなダメージを与える。
    「あなたは、怨霊姫に負けません!」
     部員への信頼を乗せたリィザの拳が、鋼鉄の硬度で怨霊姫を殴りつける。
    「私はそれを、知っています」
     振り抜きざま、怨霊姫の耳元で囁いたリィザの声に、怨霊姫は思わず目を瞑る。
    「この学園祭やらサイレーンやらで忙しい時に、勝手に居らんようになると困んねん! そんな奴に負けるタマや無いやろ! 魂まで明け渡す気なんか! 許さへんで!」
     吹き飛ばされぐらついた怨霊姫に、アルルーナは一気に駆け出すと懐に潜り込んだ。
     死角から放たれる一撃が、怨霊姫を大きく引き裂く。
     後退した怨霊姫に追い打ちを掛けるように炎が包み込んだ。
     炎を打ち消しながら膝をついた怨霊姫は、落ちる士土の涙に目を見開いた。
    「お前みたいな……ちびのくせに、自信満々で、賢くて、強くて、頼りになる奴が、こんなこと、してんじゃねー……っ!」
     普段のやる気のない態度とは打って変わって、本気で誰かのために動いている。
     怖くて涙をボロボロと零しながらも、士土は怨霊姫の胸倉を掴んだ。
    「さっさと、帰ってきやがれ……じゃねーと、あたし達が、困るだろ……!」
     士土の心からの叫びに、怨霊姫は大きく目を見開いた。

    「皆、妾達のちーむわーくを見せるのじゃ!」
     言い終わるが早いか、姫華はカンナへ襲い掛かった怨霊を全身で受け止めた。
     途端に、目の前が真っ黒になる。
     かかっていた霊的防護をも貫いて襲ってくる怨霊達の嘆きや悲しみに、そこから一歩も動けなくなる。
    「――!」
     遠くでカンナの声が聞こえる。
     徐々に明るくなる視界で、シロフクロウのお面を被ったカンナが心配そうに防護符を放っていた。
     体は動き、視界も戻ったが、耳の奥にはなお怨霊達の怨嗟の声がこびりついて離れない。
     累積するバッドステータスに、姫華は大きく息を吐いた。
    「まさか、これほどの怨霊を従えておるとはの……百々……」
    「……っ!」
     姫華の様子に、カンナはキッと顔を上げた。
    「妾は其方やクラスの皆と共に小学校を、中学校を高校を卒業したい! 修学旅行にも皆で行きたいし運動会等も参加したい! クラスの皆に、其方に笑顔でいてほしいのじゃ! だから、帰ってこられよ! 其方の事をクラスの皆も先生も待っておる!」
    「生憎、我は左様な児戯に興味はない」
     士土の手を振り払い素っ気なく言い放つ怨霊姫に、宵はくすりと微笑んだ。
    「ずっと一人で物語を蒐集し続けるだなんて、本当に楽しいんですかぁ?」
    「無論……」
    「これはあなたじゃなくて、百々さんに聞いてるんですよぅ」
     癒しの風に前衛を癒す宵の問いに、怨霊姫は大きく息を吐いた。


    「我……は……」
     か細く漏れる怨霊姫の……百々の声に、宵は続けた。
    「もっと百々さんに色んなことを教えてもらったり、一緒に戦ったりしたいんですぅ。怨霊姫。確かにあなたは強いですが、百々さんじゃなきゃ張り合いがありませんので」
    「都市伝説を蒐集するのに、共に戦う者など不要!」
    「引っ込むが良い! いくら力を高めようとも、仲間のおらぬ個は脆い」
     言い放つ怨霊姫に、落葉はぴしゃりと言った。
    「くふふ……。覚えておるか、百々。そなたの指揮で我らをバトルストリート優勝に導いたことがあったな。信頼しあう仲間と息の合った連携があれば、いずれ世界も取れるじゃろうよ」
    「仲間、など……」
    「仲間が嫌なのであれば、妾の家来になってくれても良いぞ」
     強気に胸を張る姫華に、怨霊姫は意外そうな目で姫華を見つめる。
     その視線に、姫華は慌てて両手を振った。
    「……家来にならなくてもよいから、一緒に帰ろう、な?」
    「そんなダークネスに都市伝説集めさせたら、しょぼいものしかそろわないわ! 自分で集めなきゃ!」
     百々を迎え入れるように両手を広げる葉琳に、リィザは頷き手を差し伸べた。
    「帰ってきて下さいな、百々様。私は貴女ともっと遊びたい。一緒にお茶して、お菓子を食べて、言葉を交わして――」
     百々の眼前で、差し伸べられた手が拳となり握り締められる。
    「――そして拳を交えましょう。勇気ある、小さな語り部。小賢しくまとまった怨霊の姫などより、貴女の方がよほど手強く、心が踊る」
    「見くびられたものだな」
     拳を払いのけた怨霊姫は、怨霊を誇示するように掲げた。
    「そなた等の手など不要。サイレーン戦で意識が逸れた間に蓄えた力、見たであろう?」
    「サイレーン灼滅と御伽さん救出、どっちもやるのが灼滅者ってもんですよ!」
     胸を張るアルルーナの隣で、涙で顔をくしゃくしゃにした士土も何度も頷いた。
    「ええい、うるさい黙るがいい!」
     灼滅者達の説得を否定するように、怨霊姫は巻物を解き放った。
    「永遠に物語を蒐集するのが、我が望み! 何故邪魔をする! 一般人に害をなすような語りはせぬ――」
    「―― 御託は良い!」
     カンナの一喝に、場の空気が震えた。
    「妾は病院で、家族と慕う仲間を父上以外全て失うた! 此度の戦でも知人が一人死んだ! 又此処で其方を喪うなぞ真っ平御免じゃ!」
     魂を震わせる声に、怨霊姫は怯えたように後ずさる。
     巻物を越え、一歩の距離を詰めたカンナは、百々を抱き締めた。
    「妾は其方のいる日常が大切じゃ。それにクラスの皆に、あんな痛み味合わせたくない! 其方とて病院に身を置いたならあの痛みは覚えていよう! あのような痛み、友に味あわせたいと思うのか!」
    「――!」
    「帰ってこられよ! 其方の事をクラスの皆も先生も待っておる!」
    「――そこを、退け!」
     抱き締める痛みに怯えたように、怨霊姫は縛霊手を振り抜いた。
     死角から放たれた一撃に、カンナが声もなく崩れ落ちる。
    「そなたの痛みも苦しみも、我が都市伝説として食らうてやろう!」
    「ええ加減、もどってこんかい!」
     アルルーナの怒りと共に閃いた八百比丘尼に乗せた魔力が、怨霊姫に叩き込まれる。
    「目覚めぬか馬鹿者っ!」
     落葉の無数の拳が強い刺激となり、怨霊姫を突き動かす。
     止めの一撃に宙を舞った怨霊姫に、宵の縛霊撃が絡みついた。
    「あなたを倒して、百々さんは返してもらいます」
    「妾達が全力で、元のお主に戻してみせるからの!」
     動きを止めた怨霊姫に、鬼神に変じた姫華の腕が迫る。
     地面に叩き付けられながらも起き上る怨霊姫に、葉琳は緋凰一閃を閃かせた。
    「ちゃーんと、救出してあげるんだから!」
    「あなたは大事な部員で、後輩なんですから」
     葉琳とは反対方向から叩き付ける拳の一撃に、怨霊姫は声もなく空を見上げた。
     怨霊姫は何かを掴むように、空へ指を伸ばす。
    「我……は、物語を……」
    「やらねーよ!」
     バベルブレイカーで怨霊姫を貫いた士土は、立ちすくむ怨霊姫にはあ、と息を吐いた。
    「……ワリ、あたし、まだ七不思議、揃えてなかったわ」
    「……そうか。士土の、七不思議、見てみたか……」
     吐き捨てる士土に笑みを浮かべた怨霊姫は、ゆっくりと倒れた。


     リィザに受け止められた百々は、ゆっくりと目を開いた。
    「……我……は……」
    「大丈夫か? 百々。気分はどうじゃ?」
     落葉の声に頷く百々に安心したように、士土はぐずっと鼻をすすると宵に抱き付いて顔を隠した。
     士土の背中を撫でる宵は、ホッと息を吐いた。
    「……って落葉?」
     強がっていた緊張が一気に抜けて、きゅう……と倒れた落葉を、百々は慌てて受け止めた。
    「落葉も大丈夫か!?」
     心配そうな百々の声に頷いた落葉は、心から安堵の笑みを浮かべた。
    「百々。……おかえり、じゃよ」
     落葉の声に、百々は最高の笑顔で頷いた。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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